世界旅行の由来
「世界旅行」っていう言葉に取り留めのなさを感じていて、何をすることが世界旅行なのかちょっとわかりません。
海外旅行なら外国へ旅行に行くことだし、タイ旅行ならもっとはっきりタイ国に旅行に行くということなのですが、世界ってどこのことなのかと考えると、そこになにかしらの空洞を感じ、そこに何かが入り込み広がりをもつ感じを抱きます。
更に旅行って何することなのかとも思います。「世界一周」なら日本を出て緯度にそってなり経度にそってなりの円移動をして国々を渡り歩いて反対側から日本に帰ってくることだと思うのですが、旅行って何することなのかちょっと分かりません。旅行と旅の違いは何かとか話題になったりもしますが、いま手元に中学校のときから使っている小学館の新選国語辞典がありますので、旅行を引いてみます。
旅行・・・旅に出ること。たび。
ならば
旅・・・自宅をはなれて遠方の地をまわり歩くこと。旅行。
とあり、同じことのようです。そして世界を引いてみます。
世界・・・①地球全体。②世の中。世間。③ある特定の社会。④一つの地方・国家に対して、人類全部の社会。⑤あらゆる時・所を通じて、すべての生き物のすむ範囲。
でかいです。外国など取るに足りません。茫洋としていて、希望と恐怖が感じられます。そこへ足を踏み出し、まわり歩いていこう、という家具屋を作りたいと思っています。
くでさん、こんにちわ~
全然生意気じゃないですよー。何か違和感を感じるときや、そのことを知りたいと思うとき、自分に問いかけてみるのは良いことで、私も今よりもう少しセンシティブな年頃、○○とは何か?○○なのは何故か?などでノートを数冊使ったこともありました。そのときは「映画とはなにか?」だった気がします。
映画を作るにあたって、「表現する“自分”なんて無いんだ」ということを本などから学びますし、実際そうだと思います。自分を表現しているうちは「貧しい」と思うにいたります。
映画の場合で言うと、「自分の頭の中にあること」を役者やスタッフと再現するっていう映画作りは貧しいと思います。思ってもいないこと、知りえないこと、偶発的なことが入り込むように何かを開き、それら「外部」が訪れたときには排除しないようにポジティブに取り込む心意気で臨む、というスタンスが「豊かなもの」を生む要因だと思っています。そのために、ガチガチに決め込まず、空白や空洞、孔、亀裂、矛盾、を用意しておいて、その不安定感や未決定感のストレスをポジティブなものとして受け取るタフネスさが必要なのだと思っているのですが、その感覚で家具や家具の店が作れたらと思っているのですが、こんな抽象的でいいのかしら?とも思います。
余計分かり難くなったみたいですが、具体的なことをしてないので口先だけが先走ってしまいました。
全然生意気じゃないですよー。何か違和感を感じるときや、そのことを知りたいと思うとき、自分に問いかけてみるのは良いことで、私も今よりもう少しセンシティブな年頃、○○とは何か?○○なのは何故か?などでノートを数冊使ったこともありました。そのときは「映画とはなにか?」だった気がします。
映画を作るにあたって、「表現する“自分”なんて無いんだ」ということを本などから学びますし、実際そうだと思います。自分を表現しているうちは「貧しい」と思うにいたります。
映画の場合で言うと、「自分の頭の中にあること」を役者やスタッフと再現するっていう映画作りは貧しいと思います。思ってもいないこと、知りえないこと、偶発的なことが入り込むように何かを開き、それら「外部」が訪れたときには排除しないようにポジティブに取り込む心意気で臨む、というスタンスが「豊かなもの」を生む要因だと思っています。そのために、ガチガチに決め込まず、空白や空洞、孔、亀裂、矛盾、を用意しておいて、その不安定感や未決定感のストレスをポジティブなものとして受け取るタフネスさが必要なのだと思っているのですが、その感覚で家具や家具の店が作れたらと思っているのですが、こんな抽象的でいいのかしら?とも思います。
余計分かり難くなったみたいですが、具体的なことをしてないので口先だけが先走ってしまいました。
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